東京高等裁判所 昭和48年(行ケ)52号 判決 1975年1月23日
原告
佐藤五郎
右訴訟代理人弁護士
旦良弘
外二名
弁理士
志賀正武
外一名
被告
東輝電気工業株式会社
右代表者
石松太郎
右訴訟代理人弁護士
新長巌
外一名
弁理士
渡辺軍治
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
原告訴訟代理人は、「特許庁が昭和四八年三月五日同庁昭和四四年審判第七九一二号事件についてした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めた。
第二 請求の原因
一、特許庁における手続の経緯
原告は、昭和三八年一月一七日出願され同四一年一二月一九日登録された登録実用新案第八一七八四五号「クリスマス用小型装飾電灯」実用新案(以下「本件考案」という。)の権利者である。
被告は、昭和四四年九月一三日原告を被請求人として本件考案につき実用新案登録無効の審判を請求した。この請求は、特許庁に同庁昭和四四年審判第七九一二号事件として係属したが、特許庁は、昭和四八年三月五日登録を無効とする旨の審決をし、この謄本は同年四月二一日原告に送達された。
二、実用新案登録請求の範囲
電気絶縁性材料からなるケース3は、その上部を角型に成型し、その内側隅に凹溝32を設け、この凹溝32にコード5と接続した一対の矩形状端子板4を嵌挿し、絶縁性材料からなり内側に小電球1を嵌挿した角筒型小電球支持部材21、6の底部孔22、61に小電球1の二本の導線11を通し、これを該支持部材21、6の底部ならびに外側面に沿つて折曲げ、これを前記ケース3に導線11と端子板4を対向させて嵌装したクリスマス用小型装飾電灯(別紙図面参照―省略)
三、審決理由の要点
本件考察の要旨は、前項記載のとおりである。
本件考案をAとし、イタリー特許第六一七七三六号明細書(以下「引用例」という。)に記載されたものをBとすれば、Bの特に第一図、第三図から第七図までおよび第一二図から第一五図までの図面およびその説明記載を参照すると、Bには小型装飾電灯が示され、この小型装飾電灯がAのようにクリスマス用として用いられることは明らかであり、Bは、Aの構成要件のことごとくを備えている。すなわち、Bにも「電気絶縁性材料からなるケース(Bの収容部またはホルダー部6が対応)は、その上部を角型に成型し(特にBの第一二図から第一五図まで参照)、その内側隅に凹溝(Bの溝15が対応)を設け、この凹滞にコード(Bの導線8が対応)と接続した一対の矩形状端子板(Bのターミナル9が対応)を嵌挿し(特にBの第一四図参照)、絶縁性材料からなり、内側に小電球(Bのランプ球体1が対応)を嵌挿した角筒型小電球支持部材(Bの栓状部4が対応)の底部孔に小電球の二本の導線(Bの導線3が対応)を通し(特にBの第一図と第七図参照)、これを該支持部材の底部および外側面に折曲げ(特にBの第七図参照)、これを前記ケースに導線と端子板を対向させて嵌装する(特にBの第七図参照)」ことが示されているものと認める。
これに関連して、被請求人(原告)は、「Bの溝15とAの凹溝32とには具体的形状構造に差異がある。すなわち、Aはケース3の中空角筒部の四隅に切り込まれるとともに上端から下端の全体にわたつて切り込み形成され、内筒面からみて角筒+H型溝という特定化された形状であるが、Bはケース中空内をさえぎるように張り出された突出壁またはケースの外周縁に形成したひつかけ用の浅い溝とケース内の下底部に穿設した浅い凹かによる溝で、この点に顕著な差異がある。」旨の主張をしている。しかし、Aの凹溝32に関する前記要旨認定中の構成要件についてみると、「そのケース3の内側隅に凹溝32を設け、この凹溝32にコード5と接続した一対の矩形状端子板4を嵌挿し、」という構成要件(以下構成要件(イ)という)であり、その記載をみる限りでは構成要件(イ)が格別不明瞭とも認められない。また、その記載によるかぎりでは、Aの凹溝32がケース3の中空角筒部の四隅に切り込まれているとか、上端から下端の全体にわたつて切り込み形成されているとかいうようなことは認められない。一方、Bの第一二図から第一五図を参照すると、Bの溝15も導線8(Aのコード5と対応)と接続した一対のターミナル9(Aの矩形状端子板4と対応)を嵌挿するもの、すなわち、一種の凹溝であり、そして溝15の設置場所も収容部またはホルダー部6(Aのケース3と対応)の内側の隅に設けてあつて、この点ではAの凹溝32と何ら異るところはない。したがつて、Aの前記構成要件(イ)のような限定だけではBの溝15とAの凹溝32とは対応しているものと認められ、Bにおいて構成要件(イ)を欠いているとすることはできない。それ故、被請求人の前記主張は採用できない。
以上のとおり、BはAの構成要件のことごとくを備えているから、結局、本件考察は引用例に記載された考案であつて、実用新案法第三条第一項第三号に該当し、実用新案登録を受けることができないものである。
四、審決を取消すべき事由
(一) 本件審決は、実用新案法第三八条に違反してなされたものであつて違法である。
本件考案は、昭和三八年一月一七日実用新案登録出願され、同四一年一二月一九日設定登録がされた。被告は、昭和四四年九月一三日本件実用新案登録について無効審判を請求し、その請求の理由として本件考案は引用例に基づいて当業者が極めて容易に考案することができるものであり、本件考案は実用新案法第三条第二項に該当すると主張した。ところが、特許庁は、本件実用新案登録日たる昭和四一年一二月一九日より三年以上経過した後、原被告双方に対して本件実用新案権は実用新案法第三条第一項第三号に該当するため同法第三七条第一項第一号に該当する旨の登録無効理由を通知し、同四八年三月五日前項記載のとおりの審決をした。その審決の理由は、本件考案が引用例に記載された考案と同一であるから実用新案法第三条第一項第三号に該当し、本件実用新案登録は同法第三七条第一項第一号に該当するので無効とするというのである。
このように実用新案法第三八条で外国刊行物をもつて無効原因とする場合の無効審判手続において、除斥期間経過後に請求人の主張しない理由について審理し、実用新案法第三条第一項第三号に該当するとし同法第三七条により無効である旨の審決をしたのは、同法第三八条に違反するものであつて違法である。
けだし、外国刊行物は我が国では容易に確認入手し得ないので、これをもつていつまでも無効審判の原因とすることは権利の安定性を害するので、実用新案法第三八条は外国刊行物に記載された考案に基づく無効審判の請求について三年の除斥期間を設けたのである。審決が除斥期間経過後職権によつて審判請求人の主張しないような無効原因を認定したのは、除斥期間によつて特別に保護された権利の安定性を害するものであつて、結局同法条に違反するものである。<以下略>
理由
一原告主張の請求原因事実のうち、特許庁における手続の経緯、本件考案の実用新案登録請求の範囲および審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。そこで、以下原告の主張する取消事由の有無について検討する。
二(一) 取消事由(一)について
本件無効審判請求が本件実用新案権の設定登録の日から三年を経過する以前になされ、その請求の理由として本件考案が外国刊行物たる引用例に基づいて当業者がきわめて容易に考案することができるものであると主張されたこと、これに対して特許庁が本件考案は引用例に記載された考案と同一であるからその実用新案登録を無効とする旨の審決をしたことは、当事者間に争いがない。
ところで、実用新案法第三八条は、外国刊行物が我国において必ずしも容易には入手、確認しえない状態にあるので、これをもつて期間に制限なく無効審判請求の理由とすることは権利の法的安定性をそこなうことを慮り設けられた除斥期間の制度である。してみれば、実用新案権の設定登録の日から三年以内にある外国刊行物を実用新案法第三条第二項所定の無効理由に該当する刊行物として挙示して無効審判請求がなされた以上、法が当該権利関係を速かに確定し法的安定性を期待する利益はすでに失われたものというべきである。したがつて、たとえ後に除斥期間が経過した後請求の理由と異つてその刊行物により同法第三条第一項第三号所定の理由で当該実用新案権が無効とされても(審判手続においては、当事者が申し立てない理由についても審理することができることは、法の定めるところである。)、同法第三八条所定の除斥期間の制限に反するものとはいえないと解するのが相当である。本件において審判請求人は本件考案が当業者において外国刊行物に記載された考案からきわめて容易に推考することができると主張したのに対して、審決が本件考案がその外国刊行物に記載された考案と同一であると判断したのであつて、かような判断は適法であるから、審決は同法第三八条に違反するものではない。
(二) 取消事由(二)について
原告は本件実用新案登録請求の範囲に記載された「ケース3は、……その内側隅に凹溝32を設け」における凹溝32は、ケース3の内側隅すなわち四すみに設けられ外方に切り込まれた凹溝を意味するものであると主張する。なるほど、「隅」とは「すみ」、「四角なもののかど」を意味する場合もあろうが、また、「はずれ」、「はて」を意味する場合もある(服部宇之吉外一名著詳解漢和辞典参照)。そこで、この「内側隅に凹溝32を設け」の意味するところを本件考案の詳細な説明の記載によつて検討する。
成立に争いのない甲第一号証によれば、本件考案の詳細な説明中には凹溝32に関しては、「ケース3も絶縁材料で上部を角型に成型し、内側には端子板挿入用の一対の凹溝32を設け」「コード5を下方に引いて端子板4を角型ケース3の内側凹溝に嵌入する。」旨記載されているに過ぎないことが認められる。この記載によれば、「隅」については何らの説明がなく、凹溝32は、ケース3の内側にあること、一対の凹溝であること、端子板4を嵌入しうるものであることの記載があるにすぎない。したがつて、請求の範囲に記載された内側隅とは、原告主張のごとく内側の四角なところのかどのみを意味するものと解すべきではなく(もしもそのように解するとすれば、その場所に設けられた凹溝は一対の凹溝とはいえない。)、内側のはずれ即ち内側壁に沿つた場所もこれに該当するものと解すべきである。前記甲第一号証によれば、本件考案の実用新案公報第二図、第四図には原告主張のような形状の凹溝が記載されてはいるが、これらの図面は本件考案の実施例を示したものにすぎないから、この記載のみから原告主張事実を認めることはできない。そして、成立に争いない甲第三号証によれば、引用例の第一二図および第一四図中符号15で示される凹溝は、ホルダー部6の内側壁に沿つて設けられ、コード3と接続した一対の端子板9を嵌挿しうるよう構成された一対の凹溝であるから、本件考案における凹溝32に該当するものというべきである。
(三) 取消事由(三)、(五)について
原告は本件実用新案登録請求の範囲に記載された「コード5と接続した一対の矩形状端子板4」について、コードと端子板との接続方法はコードの裸線を端子板の孔に通し裸線をねじりあわせることにあり、また、端子板は一枚の平板であると主張する。しかしながら、登録請求の範囲の記載には、このような限定は記載されていないから、本件考案は、コードと端子板の接続について原告主張のごとき構成のものに限定されるものではなく、また、端子板が平板であることを要するものでもないというべきである。もつとも、前記甲第一号証によれば、本件考案の詳細な説明および図面には、原告の主張するような記載があることは認められるが、これらの記載は本件考案の一実施例を示すものと解するのが相当であり、これらの記載によつては、原告主張の事実を認めることはできない。したがつて、本件考案がその主張の構成をとることを前提とする原告の主張は採用することができない。
(四) 取消事由(四)について
原告は本件考案が小電球を支持部材に嵌挿したものであるのに対して、引用例は小電球を支持部材に載置したもので、両者には差異がある旨主張し、このことは被告も認めて争わないところである。
ところで、前記甲第一号証によれば、本件考案の明細書の詳細な説明には、角筒型小電球支持部材21、6に小電球1を嵌挿したことによつて奏される効果は何ら記載されていない事実を認めることができる。そして、本件考案の目的、作用効果については、前記甲第一号証によれば明細書の詳細な説明に「本案によれば、コードと細い導線とを直接に接続することなく、コードと端子とを接続させるので、この部分の接続は極めて容易で特に熟練を要することなく、また切断し易い導線は、内側を合成樹脂製の笠または電球受で外側を端子板で挾持され、コードに加わる外力が導線に作用することなく、導線の切断による故障を完全に無くすことができる。」と記載されていることを認めることができる。また、電球をその支持部材に取付けるのに嵌挿して行うことは、従来普通に行われているところといつてよい。してみれば、本件考案が小電球を支持部材に嵌挿したことは、本件考案の前記目的、作用効果とは何らの関連性を有するものではなく、この構成による作用効果を特に期待しているものではないと認められる。
他方、前記甲第三号証の記載によれば、引用例のものもその構成に照らしてみれば、その目的、作用効果も本件考案と同一であると認められる。そして、同号証によれば、引用例のものにおいても小電球を支持部材に載置したものだけではなく、小電球と支持部材とを一体に形成したものも示されている(第二図参照)事実を認めることができる。したがつて、引用例のものにおいても、小電球を支持部材に取付けるのに載置したことは、引用例の目的、作用効果とは何らの関連性を有するものではなく、むしろ、引用例には小電球と支持部材との関係について両者を別体とし小電球を載置したものから、両者を一体に形成したものまで幅広い技術手段が開示されているものと解される。そして、電球を支持部材に取付けるのに嵌挿の手段を以て行うことが普通に知られている手段であることは前記のとおりであるから、引用例のものにおいて小電球を支持部材に載置した場合と嵌挿した場合とでは、その部分について設計上の微差を生じるにすぎず、実用新案法第三条第一項に定める考案の同一性を失う程度に全体の構成を異にするものということはできない。したがつて、引用例の構成がこの部分も含めて本件考案の構成と同一であるとした審決の判断は、その結論において正当である。
三以上の次第であるから、本件審決には原告主張のような違法はなく、本件審決の取消を求める原告の本訴請求は失当であつて棄却を免れない。よつて、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(古関敏正 杉本良吉 宇野栄一郎)
別紙図面<省略>